この仕事の○と×

 ウチらの仕事は、好きな時に好きな場所に出張に行って、ちょっとだけ仕事して、夜は美味しいご飯とお酒を飲んで寝る、みたいなイメージがあると思うんですが、まぁ、ごく稀にそういうこともあるんですが、いいことばかりの仕事なんてありません。


 今回の出張の目的は、製法を工夫して作った材料が、思惑通りに良い組織を持っているかどうか、特殊な装置で確認することでした。この材料の開発は共同研究で、結構な時間とお金がかかってます。研究スタートの際に、製法を見つけるためには、この分析装置が必要です!と言って、ベンツのCクラスが買えるくらいの装置を買ったんですが、よくよく考えてみると、あれ?この装置は目的の測定できないんじゃない?という状況になってしまい、もうこの装置を見るのもイヤ、あーだけど何とかものにしなきゃ、Cクラスだもん...、という状況が1年以上続いていました。


 製法の開発自体も難航して、開発1年目の結論は、当初想定していた製法では作れません、でした。だんだんと定例のミーティングが憂鬱になり、早く実験やって手がかりを見つけなければ!と焦るのですが、ウチらの仕事は研究だけではないので実験ばかりやる訳にもいかず、就職活動もあったので、忙しくかつ空回りの日々が続きました。


 ウチらの仕事の辛いところは、まずは研究のネタを考えることです。多分。自由すぎて難しい。しかも、なんか人の役にたたないとダメだよというのと、誰もやったことのないことでないとダメだよという条件がつきます。理系ですが、この作業は作家とか芸術家とか芸人とかに近いと思います。彼らが、うーん、なんかオモロイネタないかなー、というのとほぼ同じ苦しみだと思います。思い付かなかったらお金もらえないのも同じです。実際、わたしはテニュアトラックなので、何も成果が出なかったら5年後はクビを切られます。クビって結構厳しくないですか?民間でも能力不足を理由に首切りはできないはずです。


 次に辛いのが、成功の保証がないことを、100パーセントでないにしても、ある程度何らかの形でモノにしないといけないことかなと思います。どんな仕事もそういう要素はあると思うんですが、ウチらの場合は、やるかやらないかの閾値がすごく低い(成功しない方に)と思うんです。見込みの段階で成功率50%以下でもやっていく感じです。ただし、研究なので失敗はある程度許されます。たぶん。ダメかな?


 ところが、共同研究だと、特にお金が絡むと、うまくいきませんでしたゴメンナサイ、という訳にはいかんのです。でも、初めての本格的な産学連携だったので、不確定要素が多いけど学校単独の場合と違って成果をある程度は保証しないといけない、ということをあまり考えず、やりましょう!と二つ返事で始めてしまいました。我が家の家訓は、誘いは断るな、なので。


 そして、気がついたらあっという間に共同研究期間残り僅かになってしまいました。幸いにも組んだ相手が菩薩のような会社様で、全然目的は達成できてはいないものの、色々と評価技術を確立したりできて、それだけでもまぁOKよという雰囲気になり(と、勝手に思ってるんですが。まぁ、そもそも目標がかなり厳しいですし...。)ました。とはいえ、やっぱり箸にも棒にもかからないでは絶対まずいという事で、ずっと試行錯誤していました。


 そして2ヶ月ほど前に、わずかな光が見えました。説明が難しいのですが、スイカの中身の色を青にするのが目的で、その手段として、そのスイカを育てる土壌の中の細菌を色々変える、そんな共同研究だったとします。共同研究する前の状態は、ある特徴を持つ細菌を土壌に入れることで、スイカではなくてリンゴの中身の色を変える技術をわたしが持っており、それを見込んでスイカ農家が共同研究しましょうと言ってきた、そんな感じです。しかし、スイカにリンゴと同じ方法論を適用してもさっぱりうまくいきません。それが開始して1年後の状況、そして2ヶ月前の状況というのは、細菌AとBはスイカを僅かに青くすることがわかった、そんな感じです。そして、これまた色々悩んで何とか使い方を確立した、例の見るのもイヤになった装置で、細菌AとBを評価したら、共通項が見つかったのです。


 そこで、この特徴が顕著な細菌を土に入れればスイカは青くなる!という仮説を立てて、大急ぎでその特徴を自分の知る限り一番強く示す第三の細菌Cを含む土壌でスイカを育て、そのスイカの色を専用の機械で調べるというのが、今回の出張の目的でした。そしてその結果は...


 けっこう青い!


 全然目標は達成してないんですが、青さに寄与する特徴がわかったことがすごく大きいんです。あとはこの特徴がより顕著な細菌を専門家に聞けばいいので。そして、その特徴が例の装置でないと測れなかったというのも本当に良かった。もう肩の荷がサーーーーーっと降りた感じですよ。

 

 ということで、我々の仕事の○は、自由度の高さですかね。いまだにオイシイところは結構あると思います。休みを取りやすい、予算も好きに使える、出張先もかなり選べます。一方の×は、こういう産みの苦しみを、しかも多くの場合は一人で抱えないといけないということですね。逆に言うと、まぁそれは他の仕事も同じですが、ネタがポンポンでてくる頭のいい人にとっては、こんないい仕事は無いですね。